志布志・原田古墳群 5世紀末の短甲出土 大和が下賜か

2018年01月25日

 鹿児島県志布志市教育委員会は1月24日、同市有明町の原田古墳群の3号地下式横穴墓(5世紀末)から短甲(たんこう)(古代のよろい)などが出土したと発表した。短甲は大和政権から下賜されたものと考えられ、出土状態が確認できる例は同県で初めて。同古墳群を含む大隅半島地域が大和政権と深い結びつきを持っていたことを裏付ける物証になる。

原田古墳群3号地下式横穴墓から見つかった短甲(中央)や武器など、左側石棺
=鹿児島県志布志市教育委員会提供

 地下式横穴墓は南九州特有の形式の墓。3号墓は同県最大級の円墳の原田古墳に隣接しており、昨年末に発見された。調査に関わった鹿児島大総合研究博物館の橋本達也教授によると、大隅半島の地下式横穴墓の中で最大級という。

 短甲は高さ約60センチで、墓内部の石棺の脇に置かれていた。石棺の外には他に鉄製のやりと漆を塗ったやりの柄(つか)、20個以上の鉄製のやじりや、鉄製のおのなどがあった。石棺の中には人骨とともに長さ約90センチの鉄剣などがあった。人骨の状況などから被葬者は身長170センチ程度の成人男性とみられるという。

 同市に隣接する大崎町には5世紀半ばの九州最大の前方後円墳である横瀬古墳があり、大隅半島には大和政権との濃厚な関係をうかがわせる古墳が多い。橋本教授は「短甲は高い評価を得たことなどで大和政権からもらったものだろう。地方の有力者と大和政権の間に関係があったことを直接証明するものになる」としている。

 1月27日午前10時半と午後1時半から現地説明会がある。同市教委文化財管理室=099(472)1111。 (古賀英毅)

 

継続的な関係を示唆

大西智和・鹿児島国際大教授(考古学)の話 5世紀半ばに大和と大隅に関係があったことは分かっていたが、墳丘を持つ古墳が減る5世紀末にも関係が続いていたことを示唆する。両者の関係を解明する上で非常に興味深い発見だ。

 

 

住所:日本鹿児島県志布志市有明町原田

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