英彦山神宮 大自然に宿るエネルギー

2017年02月16日

 英彦山神宮奉幣殿から下津宮へ、急勾配の石段を分ほど登り到着した。すでに足が棒のようだ。

 下津宮の祭神は、素戔嗚尊(スサノヲノミコト)、神武天皇、大国主命である。スサノヲは天照大神の弟、大国主命はその御子とされる。そして神武天皇は初代の天皇である。

 中津宮には、宗像三女神が祭られ、英彦山の北岳には主神として天之忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)、配神として南岳に伊弉諾尊(イザナギノミコト)、中岳に伊弉冉尊(イザナミノミコト)が祭られている。

 上宮のすぐ下には産霊(むすび)神社があり、高皇産霊神(タカミムスビノカミ)、玉依姫などが祭られている。

 摂社の玉屋神社には、ニニギノミコト、末社の大南神社には天火明命(アメノホアカリノミコト)が祭られている。

 英彦山神宮によると、計社にさまざまな神が祭られ、筑前から豊前にかけて「英彦山神領四十八大行事社(高木神社群)」が点在しており、まさに神々の山なのだ。

 たっぷりと休憩をとって、中津宮を目指す。しかし、目の前に続く急坂は、還暦の私には限界だった。同行の長男が枯れ木でつえを作ってくれた。元気を取り戻して登りを再開。途中で登山道脇に鎮座する磐座(いわくら)であろう巨岩にいっとき魅せられた。自然が生み出す造形の面白さに感動しながら、どうにか中津宮にたどり着いた。三女神が祭られている祠(ほこら)は御影石で改築されていた。

上宮に向かう途中にある磐座

 気力を振り絞り、山頂のすぐ下の産霊神社にたどり着いた。祭神の高皇産霊神は、この地に伝わる鷹伝承や豊の国誕生の鍵を握る神様だ。高皇産霊神にまつわる伝承の謎解きが国生み神話の解明に大きくつながると私は考えている。

 参拝を済ませて最後の長い石段を登り、上宮本殿に到着した。年ぶりの山頂からの展望は素晴らしい。眼下の山が小さく見える。

上宮の下にある産霊神社

 山頂は酸性雨の影響なのか木が枯れて、緑が少ない。施設は傷み、上宮本殿の荒れようは危機的で目をふさぎたくなった。国や県レベルの早急な対策が必要だろう。

 気をとりなおして山頂を歩いた後、本殿の石段に座り、瞑想(めいそう)した。天之忍穂耳命がなぜ主祭神なのか。神話の時代に思いを巡らす。

 531年に北魏の僧善正上人が修行を始めたとされる英彦山。それから約1500年。どれくらいの人々が、この山で修行し、思考したのだろうか。

 想像をはるかに超えるエネルギーが、この大自然の中に潜在し、蓄積されているのだ。ふる里の神体山の偉大さに胸を熱くした。

 痛々しい本殿の扉を開き、ご神体を前に「発掘(ほる)ばい かわすじ ヘリテージ」の諸事業の成功を祈願した。

(麻生西日本新聞TNC文化サークル事務局長 母里聖徳)

2016年9月24日、西日本新聞筑豊版掲載

住所:日本福岡県田川郡添田町英彦山1487 英彦山神宮前簡易郵便局

この記事を書いたのは・・

母里聖徳
麻生西日本新聞TNC文化サークル事務局長

この記事もおすすめ

カテゴリ記事一覧