よみがえった馬冑 船原古墳埋納坑の出土品を修復 新たに生まれた謎

2017年03月02日

船原古墳の遺物埋納坑で見つかり、修復された馬冑

 福岡県古賀市の船原古墳(6世紀末~7世紀初頭)に隣接する遺物埋納坑で2013年に出土した馬冑(ばちゅう)(馬用かぶと)をめぐり、新たな謎が生まれた。

 修復を終えた馬冑が公開され、約1400年ぶりに勇壮な姿がよみがえった。ばらばらに壊れていた部品を、九州歴史資料館(福岡県小郡市)がクリーニングしながら元通りにした。羽子板のような形の鉄板を中心に、計6枚の鉄板を張り合わせた形状は和歌山の大谷古墳(5世紀後半)の馬冑と類似するという。「曲線と直線を巧みに組み合わせた秀逸なデザイン」(同館の小林啓主任技師)で、高い鍛造技術は専門家たちをうならせた。

 大谷古墳と埼玉の将軍山古墳(6世紀後半)に続き、国内3例目の発見となった馬冑は、九州では初の出土。4世紀ごろには朝鮮半島で用いられ、日本に伝わったとされる。朝鮮半島でも確認された馬冑は約20点と少なく、福岡大の桃崎祐輔教授(考古学)は「武人の指揮官や王の親衛隊クラスの馬具」と話す。

 重装した馬に乗る船原古墳の被葬者の姿が浮かぶが、不思議なことに朝鮮半島では、船原古墳と同時代の馬冑は珍しいそうだ。当時としては時代遅れの代物だったのかもしれない。

 今回の科学調査では、馬冑の目や鼻の付近に日本固有のスギが付着していることが分かった。スギの箱に収められていたらしい。朝鮮半島からの贈り物であれば別な木材の箱に入っていたはず。長らく日本で保管されていたのか、あるいは日本で作られた馬冑なのか。謎が解明される日を待ちたい。

=2016年11月16日付 西日本新聞朝刊=

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