鮭神社 遠い海から神の贈り物

2017年04月14日

九州に鮭(さけ)の遡上(そじょう)する川があり、海のない筑豊に鮭を祭る神社があるというと、誰もが驚き、不思議な顔をされる。

遠賀川の源流に近い嘉麻市大隈(上大隈)にある鮭神社は、祭礼において鮭神様を祭り、神社名に鮭の名前のついた大変珍しい神社である。

全国でも珍しい鮭神社の拝殿

主祭神は山幸彦で知られる彦火火出見尊(ひこほほでのみみこと)とその妻で、海幸彦で知られる豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、そして二人の子のウガヤフキアエズ尊だ。

山幸彦が約束を守らなかったため海に帰ってしまった海幸彦が、別れた家族のために「つつがなきや(お元気ですか)」の便りを年に1度、使いの鮭に託したという神話伝承にちなむ。

社伝では、神社は769(神護景雲3)年に鎮座とある。「筑前国続風土記」には祭神は「鱖大明神」とされ、旧暦11月13日の祭礼に鮭を「神にあがむ」となっている。鱖は鮭が群れのぼる様子を表している。

江戸時代後半に編まれた「筑前国続風土記拾遺」では、祭礼日に鮭が川をさかのぼり、神社近くを流れる川にまで遡上していると述べ、神の使いとして上ってくると記している。

かつて、遠賀川の河口、芦屋方面から必ず鮭が遡上し、その年は大豊作、無病息災であったという。

近代になり河川改修・河口堰(ぜき)の関係や石炭採掘に伴う環境悪化により、鮭が遡上しなくなって以降は、祭礼で藁苞(わらづと)や大根などで鮭の代用品をつくり納めた時期もあった。現在は、鮭の稚魚放流などの成果もあり、鮭の遡上もみられ、毎年12月13日に開催される献鮭祭では鮭が鮭塚に奉納されている。

昨年の鮭献祭で鮭を奉納する関係者

嘉飯山郷土研究会の香月靖晴会長の著書「遠賀川・流域の文化誌」(海鳥社)などによれば、鎮座地のある集落や氏子間では、今でも鮭を禁忌として食べないしきたりや風習が残る。

境内には、鳥居脇に樹齢700年以上の夫婦楠があり、鮭の遡上は産卵を伴うことから、縁結びの御利益、夫婦和合の象徴にもつなげられたと考えられる。

海から遠い嘉麻にとって、鮭はこの地域に幸せと喜び、地域の活力をもたらす神様の使い、歳末のご褒美・贈り物であり、鮭の来訪と自然からの恩恵の奇跡に感謝したのであろう。

付近には、太閤秀吉の一夜城であり、黒田節の後藤又兵衛、母里太兵衛が城主であった益富城(大隈城)跡がある。古代の北斗七星信仰に由来し、延命長寿、縁結びの神として崇敬を集めた北斗宮、神功皇后伝承にちなむ乳房八幡宮と腰掛石、麟翁寺や福円寺などの史跡、名所や黒田武士、寒北斗、梅ケ谷などの銘酒、又兵衛饅頭(まんじゅう)などの銘菓もある。

(日本経済大学講師 竹川克幸)

 

2016年12月3日、西日本新聞筑豊版掲載

メモ

献鮭祭 毎年12月13日に開催される、鮭を鮭塚に納め供養し豊作を祈願する神事だ。氏子、関係者、地元住民だけでなく、全国から水産関係者、見学者なども集まる。鮭神社の境内には、1764(明和元)年に秋月街道大隈駅(宿)の福澤氏が記した記念の石柱(再建)や、鮭供養の際の「鮭塚」がある。近くでは神である海幸彦・竜宮の使いとして遡上してきた鮭がうろこをくっつけて身を清めたという俎石(まないたいし)と呼ばれる岩も、個人宅と嘉麻川沿いの2カ所に残っている。

住所:嘉麻市大隈542番地

この記事を書いたのは・・

竹川克幸
日本経済大学講師

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