沖ノ島 考古学的評価

2017年05月11日

福岡県の古代遺跡「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の構成資産8件のうち、沖ノ島と周辺3岩礁(宗像大社沖津宮(おきつみや)、宗像市)が世界文化遺産に登録勧告されたことを受け、文化庁幹部は6日、記者会見し、登録勧告から除外された宗像大社中津宮(なかつみや)など4件の扱いなどについて、週明けに福岡県など関係自治体と協議する方針を示した。同県の小川洋知事は同日、全資産の登録を目指す考えを語った。

文化庁は会見で、除外された4件について、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関、国際記念物遺跡会議(イコモス)から「顕著な普遍的価値は認められない」と指摘されたことや、遺産名を「『神宿る島』沖ノ島」に変更するよう勧告されたことも明らかにした。

勧告は、沖ノ島について「古代祭祀(さいし)の記録を保存する類いまれな『収蔵庫』」「『神宿る島』沖ノ島の聖性が維持されてきた」などと考古学的価値を認める一方、信仰行為や信仰の意味は後に変容し「一連の宗像大社の資産や古墳群の価値は、国家的なものであり(東アジア)地域や世界的な価値とは認められない」とした。

岡本任弘世界文化遺産室長は「正直厳しい」との認識を示した上で、「イコモスは欧米のメンバーが中心で、日本の信仰について理解は難しいところがあるのかもしれない。残念と言わざるを得ない」と述べた。

2013年に世界文化遺産登録された「富士山」(山梨、静岡)では、勧告時に景勝地「三保松原」が「山の一部とみなせない」として除外されたが、政府は浮世絵に描かれるなど芸術上のつながりを訴え、その後の正式審査で三保松原も含めて登録された。ただ、今回の勧告については「信仰という根本的な価値が認められていないので、富士山の時より厳しいのは間違いない」(岡本室長)との悲観的な見方もある。

小川知事は6日、記者団の取材に対し「全ての資産ができるだけ認められるよう、7月の世界遺産委員会に向けて最善を尽くしたい」と述べた。

 

「沖ノ島のみ」変更を

世界文化遺産への登録の条件として、八つの構成資産のうち半数の除外を求められた「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県)。国連教育科学文化機関(ユネスコ)諮問機関の勧告から一夜明けた6日、沖ノ島信仰を先祖代々守りながら「普遍的な価値とは認められない」とされた構成資産の地元では戸惑いとともに、7月の正式登録での“巻き返し”を期待する声が広がった。

観光客が足を運ぶ姿が見られた沖津宮遥拝所=6日午後3時分、福岡県宗像市大島

沖合10キロの離島、大島(同県宗像市)。構成資産のひとつ、沖津宮遥拝所(ようはいしょ)にはこの日も県内外から参拝客が訪れ、手を合わせた。上陸が制限されている「神宿る島」を参拝する場所として築かれ、江戸時代の記録が残る。

「沖ノ島からこれだけ離れているのに、場の力を感じる」。遥拝所を初めて訪れたという兵庫県神戸市の馬越和紀さん(42)は、境内を時間をかけて回った。黄砂の影響であいにく沖ノ島は見えなかったが、熊本市東区の遠山一郎さん(60)は「素晴らしい場所。沖ノ島と一緒に世界遺産に勧告されればよかったのに」と嘆いた。

午後4時、島の歴史を研究している板矢英之さん(73)が日課の参拝に訪れた。大島で生まれ育ち、沖ノ島周辺の漁から戻った男たちが「お神さまにいただいた」と魚を神前に供えるのをずっと見てきた。

今回の勧告については「沖ノ島は世界に認められる島なのだなと、あらためて誇りに思った」と板矢さん。「(大島が)沖ノ島を一番近くで遥拝できる場所という価値は変わらない。自分たちがしなければならないのは、ここで手を合わせてきた先祖たちの思いを語り継ぐこと」と話す。

同じく除外が勧告された新原(しんばる)・奴山(ぬやま)古墳群(同県福津市)には沖ノ島の祭祀(さいし)を行ってきた宗像氏が築いたとされる前方後円墳など41基が現存している。地元の人々は「塚(古墳群)の風に触れると病気になる」などの言い伝えで、古墳群を神聖な場所として守ってきた。

古墳群を巡る観光馬車「ふくつ古墳馬車」を運行する乗馬クラブの職員の増田美佐子さんは「沖ノ島と古墳群の間で線引きがあるのはおかしい」と首をかしげる。「地元はあきらめていません。沖ノ島には上陸できないけど、ここは古代からほとんど変わらない風景を味わえるすてきな遺産」と訴えた。

 

異文化理解に難しさ

福岡県の「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」について、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関は、考古学的価値が高い沖ノ島だけを世界文化遺産に登録するよう勧告した。識者からは、日本古来の文化を異文化の人々に理解してもらうことの難しさを指摘する声が上がった。

世界文化遺産の登録勧告を受けた沖ノ島と周辺3岩礁(本社ヘリから、撮影・中村太一)

沖ノ島信仰は、8世紀に成立した日本書紀の神話に登場する。天照(あまてらす)大神(おおみかみ)から生まれた宗像三女神だ。現在も沖津宮(おきつみや)(沖ノ島)が田心(たごり)姫神(ひめのかみ)、中津宮(なかつみや)(大島)が湍津(たぎつ)姫神、辺津宮(へつみや)(九州本土)が市杵島(いちきしま)姫神を祭る。三宮を宗像大社と呼ぶ。

古代の祭祀(さいし)は沖ノ島のように自然環境の中で行われ、やがて社殿が整えられていく。「宗像三女神という考えや、神社の成り立ちが諮問機関にうまく伝わらなかったのだろう」。全3次の学術調査に参加した福岡大の小田富士雄名誉教授(考古学)は推測する。

沖ノ島への立ち入りは通常、神職以外は許されない。絶海の孤島には木々が生い茂り、国家的祭祀の場となった巨岩群がある。「沖ノ島の特殊な景観は好まれたのかもしれない」と小田さん。

近世に設けられた沖津宮遥拝所(ようはいしょ)(大島)も除外勧告を受けた。考古学成果を重視した勧告に、筑波大の稲葉信子教授(世界遺産学)は「審査チームは(宗教などを扱う)文化人類学よりも考古学の専門家の方が多かったのかもしれない」と文化遺産を評価する難しさを指摘した。

沖ノ島祭祀を担ったのは地元豪族の宗像氏だ。日本書紀にも記述がある。一族が埋葬された新原(しんばる)・奴山(ぬやま)古墳群は「宗像氏が存在した“物的証拠”だ」と世界遺産登録に向けた専門家会議委員長を務める九州大の西谷正名誉教授(東アジア考古学)は強調する。

同古墳群や大島の御嶽山山頂では、沖ノ島出土品と共通する遺物も見つかったが、国際色豊かな沖ノ島出土品よりも見劣りするのは否めない。出土品は世界遺産の対象外とはいえ、「(東アジア)地域や世界的な価値とは認められない」という諮問機関の判断に影響したのかもしれない。

ただ、登録可否を決めるのは世界遺産委員会だ。勧告は結論ではない。西谷さんは「構成資産の中核である沖ノ島が認められたことは大きな前進だ。諮問機関への説明不足を反省し、勧告をしっかり分析して対応する必要がある」と語る。

 

=2017年5月7日付 西日本新聞朝刊=

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