「不弥国の考古学」語る

2017年06月13日

考古学者高島忠平さんが監修する連続講座「古代から未来のトビラを拓(ひら)く-イイヅカ発古代史情報最前線」が6月17日、飯塚市飯塚のイイヅカコミュニティセンターで開かれる。講演する同市歴史資料館の嶋田光一館長に「不弥国(ふみこく)の考古学」について語ってもらった。

嶋田光一氏

飯塚市立岩の立岩丘陵にある弥生時代の遺跡「立岩遺跡」からは国内でも珍しい形で前漢鏡が発掘されている。前漢鏡は立岩では10枚出土し、28号甕棺(かめかん)からは「塞杆状(さいかんじょう)ガラス器」と呼ばれる副葬品が発掘された。漢から認められるほどの力が立岩にあり、立岩は一つのクニとして存在していたのだろう。

10号甕棺から出土した前漢鏡
28号甕棺に入っていた副葬品「塞杆状ガラス器」の復元品。後頭部に五つ見える

伊都国、奴国まではほぼ定説化されている。不弥国は福津などの海沿いか、地名説の宇美や穂波(飯塚市)、太宰府などが言われている。立岩周辺では後漢鏡、忠隈古墳(飯塚市)は三角縁神獣鏡が出土。金比羅山古墳(桂川町)では全長80メートルの前方後円墳が出土し、これは畿内初期の古墳と似ている。継続して出てきていることから飯塚は不弥国の可能性はあるだろう。

=2017年6月6日付 西日本新聞朝刊筑豊版=

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西日本新聞筑豊総局

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