宗像・沖ノ島関連遺産群アーカイブス 動画

「神宿る島」沖ノ島 宗像・沖ノ島と関連遺産群

宗像・沖ノ島と関連遺産群とは?

古代日本の信仰の姿を残す

「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」は、島そのものが信仰対象である沖ノ島(宗像大社沖津宮)と、新原奴山古墳群、宗像大社中津宮、宗像大社辺津宮、宗像大社沖津宮遙拝所で構成されます。古代の自然信仰の形成と継承の過程を物語る世界でも例のない遺産群です。

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 日本列島と朝鮮半島との間に位置する沖ノ島は、日本と大陸との海を越えた対外交流における道しるべとなる島でした。荘厳な形状から「神宿る島」として信仰の対象となり、4世紀後半〜9世紀にかけて、島では航海の安全と対外交流の成就を願う祭祀(さいし)が営まれ、当時の最先端技術で作られた数多くの宝物が奉献されました。

神にささげる約8万点の国宝

 島の立ち入りを制限するなどの厳格な禁忌が守られ続けたため、沖ノ島を起源とする海で結ばれた広大な信仰の場は、1000年以上たった現在まで当時の姿をそのまま残しています。

 発掘調査では、特別な祭祀道具とされる古墳時代の「三角縁神獣鏡」や大陸から持ち込まれた「金製指輪」など約8万点にも及ぶ希少な神宝が発見され、全てが国宝に指定されています。古代から変わらない風景、自然、そして人々の信仰が次世代へ引き継がれていきます。

遥拝の伝統 風景に神が宿る

 沖ノ島は、厳しい禁忌によって一般に立ち入ることはできないため、沖ノ島を遥拝(はるか遠くから拝むこと)する伝統が生まれました。

 宗像地域の人々は、日々の暮らしの中で海上安全、豊漁祈願、五穀豊穣、家内安全など、さまざまな意味を込めて沖ノ島を遥拝していました。風景に神の気配を感じつつ、沖ノ島への信仰を大切に守り続けてきたと言えます。

沖ノ島の禁忌

不言様(おいわずさま)

沖ノ島で見たり聞いたりしたものは、一切口外してはいけません。人々は沖ノ島を「不言様」と呼び、畏敬の念を持って現代まで守り伝えてきました。

一木一草一石(いちぼくいっそういっせき)たりとも持ち出してはならない

沖ノ島からは一切何も持ち出してはいけません。江戸時代にはこれを破ったことによりたたりがあったという伝承があります。そのため、沖ノ島の古代祭祀遺跡は、ほぼ手付かずの状態で守られてきました。

上陸前の禊(みそ)
上陸前の禊ぎ

沖ノ島へ上陸することはできません。日々奉祀を行っている神職であっても、初めに必ず着衣を全て脱いで海につかり心身を清めなければ、島内へ入ることは許されません。

さまざまな禁忌によって沖ノ島の神秘性は守られてきました。

宗像・沖ノ島と関連遺産群

ぐるっとマップ

宗像大社沖津宮(おきつみや) (沖ノ島)

 沖ノ島は、日本列島から朝鮮半島や中国大陸へと向かう航路の中で道しるべとなる島でした。4世紀後半、朝鮮半島や中国大陸との交流が活発化すると、ヤマト王権は地元の豪族宗像氏と密接な関係を結ぶことで、対外交流を実現し、沖ノ島での航海の安全と交流の成功を祈る大規模な国家的祭祀国家的(さいし)を行いました。国家的祭祀は、4世紀から9世紀にかけて約500年の間行われ、祭祀の形態が4段階に変遷したことが知られています。

また、沖ノ島からは神にささげられた8万点に及ぶ奉献品が出土し、その全てが国宝に指定されています。沖ノ島は、その壮厳な姿ゆえに「神宿る島」として信仰の対象となり、今でも厳格な禁が守られ、一般の立ち入りが禁止されています。沖ノ島の中腹に鎮座する沖津宮は、宗像大社を構成する三宮の一つで、宗像三女神の一柱である田心姫神(たごりひめのかみ)が祭られています。

  • ①宗像大社沖津宮遙拝所 (おきつみやようはいしょ)

     沖津宮遙拝所は、大島の北側に設けられ、厳格な禁忌によって一般の立ち入りが禁止されている沖ノ島そのものを、ご神体として大島から拝むための施設です。空気の澄んだ日には玄界灘に浮かぶ沖ノ島がよく見えます。

  • ②宗像大社中津宮 (なかつみや)

    中津宮は、宗像大社の三宮の一つで、宗像三女神の一柱である湍津姫神(たぎつひめのかみ)が祭られています。古代祭祀が行われた御嶽山山頂(みたけやまさんちょう)には御嶽神社が立ち、参道で麓の中津宮社殿と結ばれています。

  • ③宗像大社辺津宮 (へつみや)

     辺津宮は、宗像大社を構成する三宮の一つで、宗像三女神の一柱である市杵島姫神(いちきしまひめかみ)が祭られています。境内の高宮祭場(たかみやさいじょう)の周辺では、古代に沖ノ島と共通する祭祀が行われました。

  • ④新原・奴山 (しんばるぬやま)古墳群

     新原・奴山古墳群は、沖ノ島に対する信仰を支え、沖ノ島祭祀を奉斎した宗像氏の墳墓群です。ここから、大島、さらに沖ノ島へと続く海を一望することができます。沖ノ島に対する信仰の伝統を築いた宗像氏の存在を今に伝えます。

2017年2月2日 西日本新聞掲載

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